なぜ江戸は「東京」になった? ―「なぜ?」から始まる、みらい塾の歴史授業
みらい塾の授業「江戸は、明治時代になって東京と呼ばれるようになりました。」
歴史の授業では、このように習います。
でも、ここで一つ質問です。
なぜ、「東京」という名前になったのでしょう?
考えてみると、不思議ですよね。
「東京」は「東の京(みやこ)」
「東京」という名前には、「東の京(みやこ)」という意味があります。
では、それまでの「京」はどこだったのでしょう?
京都です。
1868年(慶応4・明治元年)、江戸を「東京」と称することが布告されました。
ここで終われば、一つの歴史知識です。
でも、みらい塾では、もう一つ「なぜ?」を入れてみます。
では、京都はいつ「首都ではなくなった」のでしょう?
明治天皇は、東京へ行ったあと京都へ戻っている
明治天皇は1868年、京都から東京へ行幸されました。
ところが、そのまま東京に住み続けたわけではありません。
いったん京都へ戻り、翌1869年、再び東京へ向かいます。
その後、政府の中心である太政官も東京へ移り、東京が政治の中心となっていきました。
つまり、
「この日から京都をやめて、東京を首都にします」
と一言で切り替わった、とだけ捉えるより、その過程を見た方が歴史はずっと面白くなります。
京都駅で「おかえりなさいませ」?
ここで、興味深いエピソードがあります。
竹田恒泰氏がテレビ番組で紹介していた話によると、天皇が京都駅に到着された際、駅長が、
「おかえりなさいませ」
とお迎えするのだそうです。
「えっ、なぜ『いらっしゃいませ』ではなく、『おかえりなさいませ』なの?」
そう思ったら、そこが学びの入口です。
※この「おかえりなさいませ」の話は、竹田恒泰氏がテレビ番組で紹介したエピソードとして取り上げています。
「なぜ?」を一つ入れると、知識がつながり始める
「江戸は東京になった。」
これだけなら、覚える知識です。
ところが、
なぜ「東京」という名前なの?
それまでの「京」はどこ?
なぜ天皇は東京へ向かったの?
京都はいつ首都ではなくなったの?
なぜ江戸が新しい政治の中心に選ばれたの?
と問いを重ねていくと、それまでバラバラだった知識がつながり始めます。
江戸幕府の終わり。
明治維新。
江戸から東京へ。
天皇と京都。
新しい明治政府。
一つの「なぜ?」から、歴史が一本の物語になっていきます。
歴史は「覚える教科」だけではありません
もちろん、入試では人物名や出来事、年代などの知識も必要です。
だから、覚えるべきものはしっかり覚える。
でも、その土台に、
「なぜ、そうなったんだろう?」
があると、歴史の見え方は変わります。
教科書の一行の裏側にも、たくさんの人の考えや、その時代の事情があります。
授業では、ときどき教科書から少し横道にそれることがあります。
でも、その寄り道から、
「へぇ!」
「そういうことだったのか!」
「じゃあ、これはなぜ?」
が生まれれば、その先の勉強は変わっていきます。
みらい塾が育てたいのは、答えを覚えるだけの生徒ではありません。
自分で疑問を持ち、考え、調べ、知識をつなげていける生徒。
歴史の授業でも、その力を少しずつ育てていきたいと思っています。
教え込まない。考え続けられる力を育てる。
答えより、理由。
学習塾みらい